原点に返る [息をするためのカラダ]
夫の今月の休日出勤が終わった。夫にとっては体力勝負な1ヶ月だったけど、私も私なりに頑張った月だった。いつもなら夫に話す体調の変化は、時間が解決してくれる事に関しては黙っていた。でも夫は気付いてくれてたと思う。
4月に洗濯機を買い替えて、残り湯洗濯ができるようになった。その代わり、身体を休めたい日でも、残り湯があると無理して身体を起こして洗濯をしてしまうようになった。「休みたい、休まなくちゃいけない、なのにお湯が残っているし・・・」と洗濯をしようか迷っている間、動悸がある。お湯が残っている様子を見るとドキドキしてしまうので視線をそらし、今日は夫に流してもらった。お湯が流れていく音を聴いて、罪悪感を覚える。
「疲れているから洗濯はやめよう、それでいいんだ」と割り切って、自分でお湯を流す練習をした方がいいのか、今日のように、「できるかもしれないけど、できないかもなぁ」と思ったら夫に流してもらう、という事で良いのか、悩んで、夫に相談したら、後者で良いと言われた。取るに足らない事だと分かっているけど、この心臓が、脳が、反応してしまうのだから仕方がない。夫に、「できない事に目を向けるより、できる事を評価しよう」、と言われて原点に返る。
今日は、洗った服をタンスにしまった。いつもはたたむくらいまでしかできない。それもあまり、たくさんの量をたたんでいると、集中力が切れてイライラしてしまう。でも今日は、しまうまでをやった。「しまうようになったねぇ」と夫が言う。「キレイにしまえないけどね。全部は無理だし」と言ったら、「でも、しまってるね」と言われた。「そうだね、昔は絶対やらなかったね」と言った。涙が出た。






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